« 月末のマッチャー定例行事5 | トップページ | 日常の中の非日常ほど恐いものはない。 »

2007/07/02

その顔はシド・ヴィシャスにとても似ている。

ひと頃に比べると、息子もずいぶんと言葉を覚えてきているのだが、例えば「お名前は?」と尋ねると、「かわはらふう、でしゅ!」と笑顔で答える。
で、「お母さんのお名前は?」と尋ねると、「かわはらりえ、でしゅ!」とこれまた笑顔で答える。
で、「エラーい!よく出来たねー」と息子の頭を撫でてご機嫌を取り、満を持して「お父さんは?」と尋ねると、「かわはらパパ、でしゅ!」と即答するので、「違うでしょ?」と言うと、「かわはらおとうさん、でしゅ!」と間髪入れずに言い直す。
仕方がないので、息子の目を見つめながら「かわはらまーさーひーこ」と諭すように言うと、百発百中、

「かわはらまさひこ、きらーい!

パンキッシュに顔をゆがめ、息子はマッチャーのもとをタッタカ去って行くのである。

息子的には“まさひこ”と普通に言えるのに、どうやらこの“まさひこ”部分がお気に召さず、口にするのもはばかれるご様子。
何度同じ質問をしても、「かわはらパパ、でしゅ!」「かわはらおとうさん、でしゅ!」「かわはらまさひこ、きらーい!」の三段活用を繰り返すので、息子としてもそれ相当の覚悟で嫌っているのだろう。

ひょっとして、“マッチャー”とか“まちゃぴこ”とかの方が子供には親しみやすいのだろうか…?

そんなことを、息子に名前を呼ばれたいあまりに最近本気で考えもするのだが、息子に、「ねえ、マッチャー」とか「おい、まちゃぴこ」と呼ばれるのも親として甚だどうかと思うので、なんとか“まさひこ”押しでいきたいと思う。

いやあ、なんだか必死だな、俺。

じゃ、シーユー。

|

« 月末のマッチャー定例行事5 | トップページ | 日常の中の非日常ほど恐いものはない。 »