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2008/01/18

今日も書くことが、ない。


だって本日のマッチャーも昨日と同じ、


起きる→書く→昼食→書く→夕食→お風呂→書く→寝る


という涙ちょちょ切れるほどに代わり映えしないスケジュールを送るのだから。

やー、今、完全に世間的には生きながら死んでる状態だわ。

毎日家族以外は特に会う人もおらず、そんな家族も仕事やら友達付き合いやらでちょくちょく家を空けるので、書斎にぽつねんと残された自分は締め切りに追われながら一人パソコンに向かうしかないわけで、なのにこの世界はいつもと変わらず今日も平和に回っているわけで、今この瞬間、例え自分が死んでも世の中的に…というと大袈裟だから演劇界的に…まだまだ大袈裟だから小劇場界的に…それでも大袈裟だから世田谷区的に…もっとミクロに河原家的に…いや、もうこの際なんだっていいのだが、とにかく大して支障のないことにハタと気付き、ガッカリし過ぎて思わずケポっと小ゲロを吐きそうになる。


水商売を生業にしている者の悲しき運命ですなあ。
伝統芸能以外の芸能・演劇なんてしょせん徒花。
浮かんでは消えるあぶくのような稼業だもの。


だって、究極的に言えば別に無くなっても誰も困らないんだもの、芸能

水道管工事の人達がいなくなったら困る人、必ず出てきます。
ゴミ処理場の焼却炉操作する人達がいなくなったら困る人、必ず出てきます。

でも、どこぞの劇場でお芝居やったり映画やドラマを作る人がいなくなっても、見なきゃ見ないで済むわけで、確かに退屈な世の中になるとは思うけど、“日々、社会の中で生活する”という根幹に影響することなど何もない。

だけどその一方で、今自分が死んだら困る人がそこそこいるだろうと信じたい。
浮かんでは消えるあぶくのような稼業だからこそ、それを楽しみにしてくれている人達のために、手を抜かず一つ一つ誠実に関わっていかねばと心底思う。

価値がないものなど、ない。
価値は自分自身で生むものなのだ。

そんな面倒くさいことを頭の片隅でグルグル考えながら、今日もマッチャーはくわえタバコでパソコンの前に座るのでした。

一体どんだけ吸うんだ、アメリカンスピリットメンソール・ウルトラライト


つか、意外と書けたわ、今日もブログ。


じゃ、シーユー。

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