パンクな初心、忘れるべからず。
自分は今からさかのぼること十数年前、HIGHLEG JESUSなるパフォーマンス集団の総代を務めていて、そのモットーは『エロ・バカ・ショック』だった。
渋谷のON AIR WESTで開催したとある深夜のオールナイトイベントでは、全裸でモノホンの巨大ニシキヘビをマフラーのように首に巻き付け、神輿に乗って満杯の客席を練り歩いたこともあった。
袖でスタンバイしている時、首に巻いたニシキヘビは大人しかった。
付き添いのタイ人の飼育係に「意外と大人しいんですね」と言ったら、彼は片言の日本語で、
「ヘビハ、サムイノニガテダカラ、フユハイイコネ」
と言った。
その日は12月だった。ホッと一安心した。
ま、今から考えれば、ホッとしながらも自分は普通に全裸だったので、そのタイ人も
「ママ、ソコクニカエリタイ…」
ぐらいは思っていたかも知れない。
すっごい今頃だけど、ゴメンね、タイ人。
で、イベントがスタートし、神輿に乗ってやんやと客席に飛び出した。
一歩客席に出ると、満杯の客席は常夏の楽園を思わせる暖かさで、首に巻いたニシキヘビが途端にニョッロニョロ動き出した。
それはそれはすさまじく野生な勢いだった。
自分はそのままステージに上がってロッケンロールなMCを披露する予定だったが、ニシキヘビに首を絞められ、最初のうちは「しゅーしゅー」としか声が出なかった。
自分の左斜め後方に待機してその様子を眺めていたタイ人の飼育係は完全に半笑いだった。
おい、助けろよ、タイ人!!!
アンタの仕事、ここよここ!!!
ヘビに落とされかけながらも、そんな風に思ったのをまるで昨日のことのように覚えている。
常夏と言えば、エアコンがぶっ壊れた真夏の廃映画館で公演をやったこともあった。
昼の回はというと、場内は冗談じゃなく35℃以上の暑さに見舞われ、我々も観客も思わず、
「サウナかよっ?!」と出来もしないバック転をしながら近くの人にツッコミたくなるぐらい、ネチョネチョに汗だくな公演だった。
で、そのオープニングは、いきなりダッシュで駆け込んで来たメンバーが、客席一面を巨大な黒幕ですっぽりと覆い、観客達を暗闇とむせ返るような灼熱地獄に陥れ、そんな中、もっさりステージに登場した自分が、『ガッツだぜ!』(by ウルフルズ)をアカペラでフルコーラス熱唱する、という最高クールなものだった。
しかも歌詞は完全にうろ覚えで、いっつも最後の方は適当だった。
途中であまりにグダグダになったら、さも当然のように一番から歌い直したりしていた。
その時、ステージ上の自分からは、黒幕の中で暑さにもだえる観客達のうごめく様が、まるで波打つ漆黒の大海原のように見えて、それはそれは壮観だった。
頭のネジが一本どころか、無数に外れたようなパフォーマンスを挙げたらきりがない。
メンバー同士で持ち寄ったこきたての人糞を、客席に作った祭壇にこんもり奉ったこともあれば、可愛いニット帽とオーバーオールを身にまとったメンバー達を陽気に客席に突っ込ませ、「(水森)亜土ちゃんです!(水森)亜土ちゃんです!」とおかしな声で連呼させながらマジックでお客さんの顔にファニーな落書きをさせたこともあった。
つか、芝居の大半、メンズメンバーは基本、全裸だった。
もっと言えば、稽古場から全裸だった。
“素肌がボクらの一張羅”……そんなちょっぴりオチャメなボク達だった。
怒られようが嫌われようが、最低!と罵られようがもうそんなのお構いなしっ。
年がら年中そんなことばかりをメンバー達とバカ笑いしながらやっていた。
そんな僕だけど、気がつけば、今、わりとちゃんと生きてる。
つくづく変てこりんな人生だ。
当時と比べれば歳を重ねていくらか丸くなったのだと思う。
だけど、あくまで自分の基盤は、青春の大半を費やした『エロ・バカ・ショック』時代に培ったハードコアなインディースピリット。
むしろそんな大バカ時代があったからこそ、今、こうして生きていけてるのだろう。
きっと、そうだよ。人生は地続きなのだから。
今日は午後から次の舞台の取材を数本受けて、その後はどっぷり映画の本の打ち合せ。
疲れた疲れた言ってる場合じゃない。
形こそずいぶん変わったが、とりあえず好きなこと仕事にしているわけで。
昔みたく、とことん楽しまなきゃバチが当たるってもんだ。
じゃ、シーユー。
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